呼吸器科

FIPによる胸水が抗ウイルス薬で改善した1例

FIP(猫伝染性腹膜炎)は致死率が非常に高く、猫ちゃんの不治の病と長らく恐れられていた疾患です。

しかし、ここ数年で国際的な診断ガイドラインのアップデートや治療薬の開発などが一気に進み、

『治せる可能性のある疾患』として今注目されてきています。

今回はFIPの診断、また治療薬での反応が良かった子の1例をご紹介いたします。

□FIPの病原体とその特徴

・病原体はFIPウイルス(FIPV)です。(猫コロナウイルス(FCoV)にはもう一つ生物型があり、猫腸コロナウイルス(FECV)と言われます。この二つは実際現場において区別するのは不可能と言われています。)

・猫コロナウイルス(FCoV)のうちFIPを発症した猫から検出されるものをFIPV(=FIPを起こすウイルス)、それ以外の猫から検出されるものをFCoVとして表現することもあります。

□FCoVの疫学

・飼育ネコの40%未満がFCoVに感染していると言われています。

・多頭飼育施設の猫ではFCoV感染率が90%以上になることがあるともいわれています。

・FCoV感染ネコの約70%が一過性の感染に終わり、FCoV感染ネコの10-15%が持続感染となり、FCoV感染ネコの一部(最大10%)がFIPを発症すると言われています。

□2022ガイドラインに基づいた診断

・問診での確認事項

『生活場所にFCoV感染ネコが存在する』『多頭飼育環境下での生活』『年齢・性別・品種』『ストレスや免疫抑制状態の可能性』

FIPは若齢(60%が2歳以下と言われています)、未去勢オスにおいてリスクが高く(雌雄差というより、未去勢のオス猫さんの行動様式が発症リスクに関与している可能性あり)、品種も純血種よりは雑種のほうがリスクが高いのではないか?(繁殖施設や飼育状況などによってばらつきがあると考えられています)

・身体検査

①一般的な所見ー元気消失、食欲不振、体重減少(体重が増えない)、抗菌薬で下がらない発熱、黄疸、可視粘膜退色、リンパ節の腫大

②腹部の所見ー腹部膨満(腹水貯留によるもの)、触診可能な腹部腫瘤(各腹部臓器に形成された可能性肉芽腫や腸間膜リンパ節)、消化器症状(嘔吐、下痢、便秘など)

③胸部の所見ー胸水貯留による呼吸促拍、呼吸困難

④心臓の所見ー心タンポナーデ、心不全

⑤生殖器の所見ー陰嚢腫大(浸出液の貯留)、持続勃起症など

⑥神経系の所見ー痙攣、異常行動/情緒不安定(痴呆、攻撃性、引きこもり)、中枢前庭経路の徴候(眼振、頭頚傾斜、旋回、昏迷状態、姿勢反応障害)瞳孔不同、運動失調、麻痺、知覚過敏、神経麻痺など

⑦眼の所見ーぶどう膜炎、脈絡網膜炎、失明、前房出血、網膜剥離、瞳孔異常、虹彩の色の変化など

⑧皮膚の所見ー中毒性表皮壊死症、丘疹、血管炎、皮膚脆弱症候群など

・血液検査

①全血球検査(CBC)ー非再生性貧血、リンパ球減少、血小板減少、桿状核好中球の増加(初期は正常なことが多い)

②血液化学検査ー高グロブリン血症、低アルブミン血症、高ビリルビン血症が挙げられます。

*A/G比(アルブミンとグロブリンの値の比)が0.4以下ではFIPの可能性がやや高く、0.6以上ではFIPの可能性がわずかに低いと言われています。

③炎症マーカー

・α1-AGP(急性期タンパク質):1.5g/L以上でFIPの可能性がやや高い、3.0g/L以上でFIPの可能性が非常に高い、1.5g/L未満でFIPの可能性やや低いと定義されています。

・SAA:FIP発症ネコで上昇する傾向が高いと言われていますが、FIP診断における数値の指標はありません。

画像検査

・胸水や腹水の有無を確認します。

・腹部にリンパ節の腫脹や、腎臓、腸管の形状の変化を確認します。

その他

・胸水、腹水検査ー浸出液であり、透き通った黄色でやや粘り気があることが多いです。またその浸出液の遺伝子検査を行うことも可能です(リアルタイムRT-PCR法)

・腹部腫瘤の細胞診ー細胞診で採取した腫瘤やリンパ節に対してのRT-PCRは診断精度が高いと言われています。

・抗FCoV抗体価ー血液検査でみれる項目ではあるが、健康猫、FIPに類似した症状を伴う子においても陽性となりうることに注意。

*履歴が不明な猫(特に多頭飼育環境の猫)においてFCoV感染の状況を確認するために有効とされています。(過去の感染歴が分かる=抗体は病原体が消失してもしばらく体内に残り続けるため。)

⇒ここまで書きましたが、FIPの診断は大変難しいと言われています。。。

なぜなら、

FCoVにおいてFIP原因となるウイルスとFIPを起こさないウイルスが存在すること

上記のウイルスは遺伝子的にほとんど区別がつかないということ

FCoVに感染してからFIPを発症するまでの期間がはっきりしない(何がきっかけかも不明)

ということです。

□抗ウイルス薬での治療薬で胸水が消失した一例

今回診察した子は胸水、腹水が認められた若齢猫です。

1歳3か月のブリティッシュショートヘアーの女の子です。

呼吸促拍を主訴に来院し、胸部レントゲンを撮影したところ、このような様子でした。

第1病日

大量に胸水がたまっていることで、肺が浮遊して気管が背側に変位してしまっています。本来なら胸部に心臓の陰影が認められるはずなのですが、心陰影はほとんど消失してしまっています。腹水も腹部超音波検査で少量確認されました。

また抜去した胸水の性状は透明な黄色の性状であり、胸水検査により浸出液であることが確認されました。

FCoV抗体価の検査結果

また胸水をRT-PCR検査した結果が

以上からFIPによる胸水によるものと診断し、治療薬をスタートしました。

第14病日

薬を開始して2週間でかなり呼吸や元気食欲が改善したとのことです!

はじめは少しの刺激にすごく敏感だった様子でしたが、段々と落ち着いてきた様子でした。(おそらくFIPによる神経症状の一種も伴っていた可能性あり)

第28病日

心臓の陰影がかなりはっきり見えるようになり、熱も下がってきました!

かなり元気になってくれたと飼い主さんも大変喜んでくれていました。

今回使用した治療薬⇒モルヌピラビル

*現在FIPの治療を目的とした抗ウイルス薬には、GS-441524、レムデシビルと呼ばれるものがあり、

GS-441524の効能の論文 (Niels C Pedersen, J Feline Med Surg, 2019)

レムデシビルは注射剤として食欲のない子にも使用が可能な導入薬として使用が開始されていました。

レムデシビルの効能の論文 1 (Jodie Green, J Vet Intern Med, 2023) 2(Sally J. Coggins, J Vet Intern Med, 2023)

以上の薬剤は論文が出た当初は品質の保証がないコピー製品が出回ったり、入手困難であることから、当院でも最近までこれらの抗ウイルス薬は在庫として持っていませんでした。

当院では国内で入手可能でMSD株式会社からの正規の医薬品であるモルヌピラビルを取り扱っております。

モルヌピラビルはFIPに対して有効性は認められたという症例報告があったものの、非正規品のジェネリック薬品が主流でしたが、この度国内での入手が可能となったため、当院で扱うことにしました。

「モルヌピラビルで治療した猫伝染性腹膜炎の18例」Okihiro Sase. J Vet Intern Med. 2023 Aug 8.

今回の症例はかつて不治の病と言われたFIPという病気に関して、治療の選択肢を増やすことに成功した一例と言えるでしょう。

FIPで苦しむ猫ちゃん達に、今ならできる治療の選択肢としてはかなり増えてきています。かなり重症な病気の一つということに変わりはないですが、不治の病とまでは言えなくなる未来も近いかもしれません。

同じ悩みを持つオーナー様、FIPの治療の件で詳しく知りたいという方はおだわら動物病院に一度ご相談ください。

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